広瀬栄一コレクション拓本2-360●大正2年 光悦寺 題目の臺石拓本 鷹ヶ峰村 現在の京都市 240825 古文書
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光悦寺(こうえつじ)は、京都市北区鷹峯光悦町にある日蓮宗の寺院。山号は大虚山。本尊は十界大曼荼羅。旧本山は京都本法寺。親師法縁。鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地にある。元和5年(
1619年)になり本格的にこの地に移り住んだ光悦は、一族や様々な
工芸の職人とその家族ら100人以上を集住させて一大芸術村、いわゆる
光悦村を作り上げた。また自らの屋敷の近くに法華題目堂を建立している。
光悦の死後の
明暦2年(
1656年)、屋敷と法華題目堂は
日蓮宗の日慈を開山として整備され光悦寺となった。
本阿弥光悦は茶道においても一流儀に偏することなく、
古田織部や
織田有楽斎にも教えを受け、また
千宗旦とも深く交わって茶道の奥義を極めた。境内には大虚庵、三巴亭、了寂軒、徳友庵、本阿弥庵、騎牛庵、自得庵の7つの茶室が散在し、さらに庫裏に接して妙秀庵があるが、これらはいずれも
大正時代以降の建物である。
当寺は本阿弥家が去ると次第に廃れていき、
明治時代になると荒廃していたが、大正時代になって復興された。
出典:ウィキペディア
広瀬栄一氏は、石岡市高浜にある酒造会社の元社長で考古学文学に造詣が深く文人との交流も数多くあります。
台東区根岸にある子規庵の戦後の再建をした寒川鼠骨との交流や再建を経済的に援助した人です。
拓本は広瀬氏が収集したものしかないと思われ大変貴重な史料です。
拓本が取れるという広瀬氏の人脈に敬服致します。
拓本もまた文化財だと思います。
額に入れて鑑賞するのも良いと思います。
多くの方にご覧になって戴き貴重な資料がご研究のお役に立てれば大変嬉しいです。
サイズは97.5×35.5㎝です。
写真にあるスケールは全長17㎝です。
状態は経年によるシミヤケや破れがあります。
発送は追跡可能なクリックポストを予定しています
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